書道はそれほどあなどれない(大人になって気づいたところ)

小学校の時は書写の瞬間があって、硬筆と毛筆を週ごとに繰り返していました。
身はちゃんとこういうワークショップが退屈で、嫌いでした。
今はどの程度いるのか分かりませんが、当時は個人的にお習字を習っておる子が等級に何人かはいて、段を持っている子もいたので、そういった子は飛び抜けて上手なのです。
身は至ってやっていなかったので、普段から「汚くないけどVIPキレイでもない」キーワードが、慣れない毛筆だともう一度不恰好になり、しかも半紙に激しく書くので、メモ用紙と違って音痴でも押し隠すことが出来ません。いつもちょい気まずい気がしていました。お練習は出来たので、こういう事が音痴だと一層、デメリットを晒しているようで不愉快でした。

大人になり、海外で2ご時世ほど生活する機会があった場合、国内習慣と呼び込めるものを身は何か身に付けているだろうかと考えたのですが、外人に喜んでもらえそうな武術や茶華道などは嗜んでいませんでした。(高校生は茶道部でしたが、いとも海外でご披露するようなレベルにはなっていません)

いざ海外に行ってみると、ともかく日本語や国内習慣に興味のある個々は随分いて「日本語で自分の姓名、記せるよ!」と、カタカナで「リチャード」など書いて見せてくれたりする事が何度かありました。

そこで思い起こしたのが「もっと真面目に書道のワークショップを受けていれば…!」という事例。考えてみたら、大きく便利です。墨と筆だけあれば、ペーパーはひとまず半紙でなくても書き込めるし、書いたものを楽にプレゼントすることもできます。それに、意味の嬉しい漢字をあてて姓名を書いてあげれば、1個々1個々へのオリジナルな作になります。
寸法も自由自在。簡単に筆ペンで書くだけでも、ボールペンとはフレーバーが余程違うから、手軽にも本格的にも出来るというぶり幅員のがたいも良いですよね。

より練習して行書身体が綺麗に書き込めるようになれば、それだけで恐らく、フレームに入れて飾り付けたく罹るような作にも見えると思います。

これ程使い勝手の良い存在だったなんて!!と、今になって気付いたのですが、今からでもひそひそ練習したら少しは綺麗な毛筆が書き込めるようになるかも…と、微かに期待しています。
今の子供たちにも、昔の身みたいに嫌々書道のワークショップを受けている子がいると思いますが、効果を多少なりとも気付くと打ち込む進め方が陥るのではないかな?と思います。
ずっとインターナショナル化がすすむ中で、書道がワークショップにあるのは実は本当に良いことですな、と今は感じています。ベルタ酵素 ストア